に呼ばれて席を立ち、渡し舟を操ってきました。
「やれやれ、こんな時には難儀なことだ。」
 重兵衛爺さんはにこにこして、その難儀を楽しんでる風でした。だが、日が暮れると、もう渡舟の客は無くなりました。
 そうした間中、岩田元彦はやはり黙りこんで酒を飲んでいました。無言の誓いを堅く立てているようでした。然し彼が一度口を開けば、それは殆んど決定的な命令権を持つかのように、他からの異議を許さないことが、一座の皆に感ぜられていました。国防色の詰襟の服装、だいぶ伸びてきた荒い頭髪にかこまれてる、堅固な額とじっと見据えがちな眼付など、なにか威厳がこもってるかのようでした。
 女たちもやがて御飯を食べてしまい、日本酒も飲みつくされてしまうと、岩田元彦は突然言いだしました。
「さあこれから、加代ちゃんを町まで送ってゆこう。中村君ついて来てくれよ。そうしなけりゃ、加代ちゃんがまた僕をこちらへ送って来なければならんだろう。酔っちゃった。さあ行こう。」
 渡舟は自分の役目だと、重兵衛爺さんも立ち上りました。二人の村の者も、辞去するために座を立ちました。提灯がともされました。
 心配そうに門口までついて来た八重
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