けてきた。
「白ばっくれるのもいい加減にしろよ。」
「あら、どちらが白ばっくれてるかしら?」
「君の方さ。」
「御自分じゃあないの。人の手を握ったりなんかして……。」
「だからそのことを云ってるんだよ。」
「私大嫌い、あんなでれでれした真似は!」
「おい三千《みっ》ちゃん、本気で云ってるのかい。それじゃあ君は、僕が嫌なんだね。」
「嫌じゃあないわ。」
「じゃあどうしたんだい。僕は真面目なんだよ。ねえ、僕のスイートになってくれない。仲よしでもいいや。本当に僕は一生懸命に想ってるんだよ。君のためなら何でもするよ。監獄にはいったって構やしない。しろと云えばすぐにするよ。ねえ、いいだろう。」
「よかったり悪かったり……。」と彼女は歌うような調子で云った。
「じゃあ勝手にしろ。知るもんか。」と彼は怒った風を見せた。
「怒らなくってもいいわよ。……だから二人で歩いてるじゃないの。」
「歩いてたって何になるもんか。」
 むりに脹らました彼の頬を、彼女は人差指でつっ突いた。そのために彼はぷっと放笑《ふきだ》してしまった。
 そんな風な話をしながら歩いてるうちに、二人は人だかりに出逢ったのだった。そして
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