を見据えた。
先刻から沼田英吉は、相手の男のうちに、一種の犯罪性を嗅ぎつけてるのだった。も一人の男を取逃した失態から、俄に警官としての自分の立場を、はっきりしすぎるくらいに自覚して、そのために、警官としての眼だけが、鋭く光り出したのである。その眼は一種の拡大鏡に似ていた。高倉玄蔵の、露わな胸元の黒い毛、太い指先、少し縮れ加減の耳朶、口元の一寸したたるみ、そして何よりも、じっと見据えたように、いやに執拗な意図と困惑の色とが籠ってること……などから彼は、誰にでもあるくらいの犯罪性を、大袈裟に抽出して、それで相手の男を批判した。大なる犯罪は持っていなくとも、何等かの尻尾《しっぽ》を出させ得るものと思った。それがせめてもの腹癒せだった。相手が逃げようとすればするほど、彼はしつこく絡んでいった。
「本署へ同行を拒む以上は、君自身の心に後ろ暗いことがあるのだろう。後ろ暗いことがなければ、一緒に来るがいい。兎に角君は、公衆の面前で暴行を働いたのだから、このまま見過しては治安を害する。警官としての僕の職分も全うしないことになるのだ。君に罪がなければ即時に放免してやる。一緒に来給え。」
高倉玄蔵はじ
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