の隙《すき》に乗じた。
「見ろ、間抜め! 貴様なんかを相手にする奴があるものか。」
云い捨てて彼は、二三歩其処を遠退きかけた。
男はその声にぎくりとして向き返ったが、横風に歩き出してる野口昌作の横顔を見ると、太い眉根を震わして両の拳を握りしめた。野口昌作はその気配を感じて、一寸足を止めながら、ちらと横目を注いだ。
「待て!」と男は叫んだ。
声の調子の真剣なのに気を打たれて、野口昌作は其処に立止ったが、相手の一喝にひるんだ自分自身を、無理に引立てるようにかっと唾を吐いて、また一歩足を踏み出した。瞬間に、唾を吐いたのはいけなかったと思うと同時に、右肩を掴まれたのを感じた。
「何をするんだ!」
思わず声が先に出て、そのために我を忘れて、右の靴先で相手の向う脛を蹴りつけてやろうとした。その足先が空に流れた途端、彼はがーんと左の横面に拳固の一撃を受けた。眼がくらくらとして、ほんの一瞬の間、白い歯をむき出してる小さな人の顔が見えた。おやと思って立直ると、すぐ眼の前に、白い服と劒の鞘とがあった。
「まあお待ちなさい。」
二度目の拳固を振上げた男の腕を、巡査が支え止めていた。
そして三人は
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