い群集の好奇心から来たものなのか、或は、自分より幾倍も強そうな相手の男の腕っ節から来たものなのか、或は、人だかりのしてる街路のざわめいた物影から来たものなのか、何れとも分らなかったが、兎に角それがどっしりと彼の心へのしかかってきた。彼は無理にそれをはねのけようとする気で、我を忘れて一二歩進み出た。
「何だ貴様は、横合から飛び出してきて、失敬な、其処を退け!」
「何を! も一度云ってみろ。馬鹿!」と男は頭から怒鳴りつけた。「乗り降りの客の邪魔をしといて、おまけに車内で煙草を吸おうとしたくせに、あべこべに車掌へねじこんでいったのは、皆が見てる通りだ。生意気な風をしといて、酒のせいだとは云わせないぞ。逃げたければ、車掌に謝った上で逃げ失せろ。謝るまでは其処を一寸《いっすん》も動かさぬから、そう思っとるがいい。……おい車掌は何処へ行ったんだ?」
然しその時木原藤次は、も一人の車掌と運転手とに何やら囁かれて、もう電車に乗ってしまっていた。そして、好奇心に駆られてる数名の乗客を残したまま、電車を走らせ初めた。それを麦藁帽の男は見送って、呆気に取られたように佇んだ。
野口昌作は殆んど本能的に、そ
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