、そんなに堕落したのか。自分の年齢を幾つだと思っているんだ。心が改まらなければ、郷里の両親へ手紙を出して、早速学校も止めさしてしまう……。とそんなことが、ひどく早口になったり、ゆるくなったり、ぽつりと途切れたりして、岸本の耳に伝わってくるのだった。岸本は呆気にとられて、理解しようとすることよりも、依田氏の手を――肉が厚く皮膚がたるんでいて、棕梠の毛を植えたような大きな手を――ふしぎに眼の前に思い浮べてるのだった。そして言葉が切れると、それは何かの誤解だからこれから伺います、と叫んだのだったが、来るには及ばないと一言のもとにはねつけられて、根性がなおったらそれから来い、弁解の必要はない、とただそれだけで、そして多分はあの小柄な奥さんだろうが側の人と何やら囁く声がして、電話はがちゃりと切れてしまった。
 岸本はその十分間ばかりの電話に汗ばんで、それから唖然として、自分の室にいって寝転んだ。あの「若禿」が何か粗忽をしたらしいことは分ったが、自分が何か饒舌りちらしたとか、芸者がどうだとか、そんなことはまるで見当がつかなかった。まさかマダムが嘘をつくわけはなかった。彼は一切のことを依田氏へ手紙を
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