書き送ろうと、その筋途を頭で立て初めたが、そのうちに、はかばかしくなってきた。そう考え出すと、何もかもばかげてきた。ばかげていて訳が分らなかった。一体「東京」そのものが、卑俗で軽佻でばかげていて、そのくせ、何かしらこんぐらかった底知れない不気味なものがあるようで、さっぱり見当がつかないのだった。そして妙に頼りない宙に浮いたような自分自身を見出し、強烈な洋酒の味だけが喉元に残っていて、マダムのことが、丁度少年の頃寺井菊子さんのことを考えたのと同じくらい漠然と、考えまわされるのであった。
三日後に、岸本は学校宛の手紙を受取った。――こんど都合で、バーを止めることになりました。御好意は忘れません。いずれまたお目にかかることもあると存じますが、御身体を大切になさいませ。――とただペン字でそれだけで、所番地もなくTとだけしてあった。岸本はそれを上衣の内隠しにしまって、さて、マダムが依田氏の家に居るだろうとは想像したが、暫く行くのを差控えて、その代りに、バーの方を訪れてみた。戸が閉っていて、貸家札がはってあった。岸本はその前に暫く佇んで、それから、大通りを、明るい方へとやたらに歩いてみるのだった
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