ダムが戸口まで送ってきて、小首をかしげて見送ってくれる眼付を、岸本は背中に感じて、拳をにぎりしめながら、大地を踏み固めるような気持を足先にこめて大股に歩いた。
それから五日目の朝、岸本は下宿屋の電話口に依田氏から呼びだされて、いきなりどなりつけられた。前々日の晩、バー・アサヒへ行って、マダムの平静な顔を見てきたばかりのところなので、一層驚かされたのだった。この頃学校へは行ってるか、というのをきっかけに、バーへばかり入り浸って勉強はどうしたんだ、というのだった。酒に酔っ払って、下らない連中に交って、何もかもべらべら饒舌りたてて、俺も寺井さんもどんなに迷惑してるか分らない。そんなことのために、寺井さんはバーを止めてしまった、というのだった。岸本にはまるで訳が分らなかった。だがそんなことには頓着なく、依田氏の声は引続いていった。酔っ払って夜遅くやってきては、毎晩のように寺井さんの裏口に忍んでくる、あの犬のような男は何だ。俺の家へまで手紙を寄来して、何という恥知らずの男だ。あれが君の友人なのか。君から話があってる筈だというが、一体どういう話だ。それに君は、あの土地の芸者とも知りあいらしいが
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