さく首をふると、わーっと歓声があがって、サチ子はまたビールの瓶を持っていった。決して客席に腰を下さないのがマダムのたしなみで、つっ立ったまま、土地の商家の人たちにインテリ風な冗談をあびせてるところは、バーのマダムという言葉にしっくりはまってるのであった。
 岸本は蓄音器のところへ行って、レコードを一枚一枚とりだしては、その譜名を丹念に読んでいった。あらゆるものがごっちゃにはいっていて、その錯雑さのなかで眠くなってしまった。
 揺り起されて彼が眼をさました時には、バーの中は静まり返って、客はもう誰もいなかった。サチ子が眠そうな眼で笑っていた。マダムはスタンドで、眉根をよせながら伝票を調べていた。岸本は大きな長い足を引きずって「若禿」を起しにいった。何かしら腹がたって、拳固で背中をどやしつけてやると、彼はぎくりとして、川獺のような顔付をもたげた。その眼が、そして頬まで涙にぬれてるのだった。眼をさまして、またしくしく泣きだした。岸本はまた腹がたってひどくなぐりつけてやった。「若禿」は泣きやんで、唖者のように黙りこんでしまった。そして勘定を払って、ふらふらと出て行った。岸本もその後に続いた。マ
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