饒舌に、真面目なものと嫌悪さるるものとを感じて、岸本はそっと手をはらいのけた。すると「若禿」はぐったりとなって、卓子の上につっ伏してしまったのだった。
岸本は立上って、スタンドの方へ歩みより、マダムをよんで、アブサンを一杯もらった。何かしら酔っ払いたい気持だった。コップの水にアブサンが牛乳のように混和してゆくのを、心地よく見つめて、その眼をずらしていくと、すぐ前に、マダムの笑顔があった。
「子供のこと、本当ですか。」と彼は囁いた。
マダムはにっこりうなずいて、今まで知らなかったのですかと、囁き返すのだった。彼が知らないでいるのが不思議そうらしかった。依田さんの奥さんが引受けてくれてるのであって、このバーも奥さんの後援で、一々会計報告までもするんだそうだった。そこで一寸眼をしばたたいて、まるでだしぬけに、涙ぐんでしまったのだが、もうすぐに笑顔をしてるのだった。いつもより老けて、眼尻の皺が目立った。岸本はコップの白い酒をあおった。
あーあ、とわざと大きな欠伸の声がすると、マダムはするりとそこをぬけて、声の方へやっていった。棕梠竹の葉影に彼女のすらりとした姿がつっ立って、それが何やら小
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