眺めた。そしてその上に、何時も高く拡がっている大空があった。風の日も雨の日もまた晴れた日も、それらの景色は変らなかった。
 でそれらの土地の起伏や、その上に立ち並んだ人家や、森や、煤煙や、大空や、それらのものを一望のうちにじっと見守っている田原さんの心には、いつも同じような穏かな広やかなものが残された。都会も之を鳥瞰すれば、そして安定な心で鳥瞰すれば、それは一の静かな自然であった。
 然し乍ら田原さんは何かしら退屈して居た。退屈は悪い感情である。田原さんもそれを知っていた。で彼は窓の所に立って行って、立ち竝んだ人家の一つ一つに眼を定めてみた。洗濯物の物干台に動いている所もあった。二階の軒先に植木鉢が竝べてある所もあった。枯れかかって黒ずんでいる樹木もあった。その向うに大きい銀杏の樹が二本轟然と聳えていた。
 その時良助は使から帰って来た。彼はすぐ二階に呼ばれた。田原さんは、書生兼下男の地位に在るその少年の才能を非常に愛していた。
 良助は田原さんの用で、神保町の店まで行ったのであった。神保町の店というのは田原さんの父の時代からやっている電気器械の商店だった。
 良助は書斎の入口に、きち
前へ 次へ
全60ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング