。雲の消え去った大空から、生温い微風が流れてくる……。
彼は毛布を足先ではねのけて、枕の上に半身を起してみた。それが非常な努力に感じられた。そして両手を伸すと共に、大きく欠伸を一つした。その欠伸が彼にはっきり胸の空虚を感じさした。何かが自分のうちから掴み去られたがようであった。全身の筋肉がぐたりとしていた。それが如何にも静かでそして頼り無かった。その時彼の心のうちに懶い憂欝が濃く澱んで来た。
彼が見たのは、大自然のうちに流るる静かな推移でもなかった。大空の下に置かれた人生の卑小でもなかった。然しあるがままの生の懶さ淋しさであった。それは、「今日もまた暮れた、明日もまた明けるであろう、」という感情と似たものであった。その感情の底にしみ込んでくる在るがままの不満な感じであった。彼はそのうちに浸りながら、「何を為すべき乎」を考えなかった。「何を為すべからざる乎」は猶更考えなかった。ただ「在る」ことを感じていた。それが堪えられないほど佗びしかった。
田原さんは身を起して、二階から下りてゆき、妻と子とに言葉を交わし、それから水で顔と頭とを洗ったのである。すると憂欝な感情は消えたが、その後に
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