心にふうわりと被さって来た。それは単なる情緒ではなかった。淋しい佗びしいそして頼り無いようなものが、彼の心の上に煙のようにふうわりと投げかけられたのである。で彼は本能的にそれを脱しようとして眼を開いた。然し彼はまだその時まで半ば眠っていたのである。そして彼が脱しようとしたその寂寥たる或物が、また引き入れるようにして彼の眼瞼を閉じさした。彼は全身|微睡《まどろ》みながら、覚めかかった心をじっと、その或物へ集中した。じっとしているに堪えられないような、それでもじっとしていなければならないような、荒凉たる感じが彼のうちにその時湧いて来た。それは、空虚な柔い擽ったいような苦悩であった。そしてそれに身をうち任していると彼はそよそよと微風が自分の上を流れてゆくのを感じた。その時には彼は再び眼を開いていた。開け放した二階の室から、庭の木立の梢が見える。緑葉がちらちらと動いている。その向うに青い空が在る。空の中にぽつりとち切れた雲が一片浮んでいたが、それがすぐに蒼空の奥に消え去ってしまう。それが如何にも静かである。静かでありながら如何にも雄大な推移である。雄大な推移でありながら如何にも頼り無く佗びしい
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