場の坂敷の上に洩れているのであった。水道の螺旋をしめると、水の滴る音はぴたりと止んだ。そして家の中が俄にしーんとしてきた。
 田原さんはまた床の中にはいったが、蚊帳越しに見える五燭の電気の光りが、彼の眼をちらちら刺激した。それでまた起き上って電気を消した。
 後はただ暗闇と静寂とだけであった。暫くじっとその暗を見つめていると、何時の間にか後はまたうとうととした。
 それからどれほど経ったが分らないが或はすぐ間もなくであったかも知れない。外をごーっと凄じい音を立てて風が荒れ狂っている、と田原さんは思った。激しい風は軒と軒と、木の間とを分けて、吹き過ぎた。そしてその風の間に、物の隅にちらちらと赤く光るものがあった。じっと見つめていると、やがてそれが大きい焔になって燃え初めた。と人影が一つすっと何処かへ走った。焔は渦を巻いて家に燃え移った。そして彼はいつのまにかその焔にとりまかれていた。「しまった!」と思うと田原さんは眼を覚した。
 それは殆んど一瞬間に起った幻だった。然しその意識が如何にもはっきりして、醒めた後の意識とすぐに続いていた。ただ風の音と焔とが、静けさと闇とに代ったのみであった。
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