をするか分りません。それに泥酔の癖がありますから……。」
田原さんはそれには何とも答えなかった。そしてそのために益々不機嫌になった。その不機嫌さが神経に絡みついて、眉根をぴくぴく震わした。
そんなことは田原さんには珍らしかった。いつも落ち附いてじっと構え込んでいる彼には、そんなことは実際非常に稀にしかなかった。で重夫もしげ[#「しげ」に傍点]子も妙にその晩は黙り込んでしまった。
その夜、田原さんは早くから床にはいった。良助が夜学から帰って来て、「旦那様は?」と女中にきいた時は、田原さんはいつになく熟睡していた。
夜半《よなか》に田原さんは眼を覚した。家の中はひっそりと静まり返っていた。そして彼の心も如何にも静かであった。ただぼんやり眼を開いていると、何処からか、ぽたり……ぽたりと物の滴るような音が聞えた。それは何時までも止まなかった。そしてしまいには彼の頭に執拗にまといついて来た。その鈍な重い物音が、おっ被さるように彼の頭の芯《しん》に響いた。
田原さんは長い間考えていたが、漸次その物音の場所を探しあてたように急に起き上った。勝手元に行ってみると、それはやはり、水道の水が流し
前へ
次へ
全60ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング