時田原さんは妙に不機嫌な顔をした。何か忌々しいものが、対象のない漠然とした忌々しさが、彼の頭に絡んできた。そして黙っていた。
 その時良助は田原さんの方へ向いて云った。
「父はどうしたんでございましょう。」
「なに、酒に酔って来たから寝かしておいたんだ。」
「それでも何か、ぎらぎら燃え上って頭にがーんとぶっつかったとか云っていましたが。」
「昼間泥酔したせいだろう。……自分で自分の身体に火をつけてるんだ。」
 良助は黙っていた。
「なに心配することはない。酒は止すと云っていたじゃないか。……早く袴でも取って水でも浴びて来るがいい。」
 田原さんはそう云ったまま二階に上っていった。良助は一歩その後に従ったが、また頭を振って自分の室にはいった。
 田原さんの不機嫌な顔と何かしら妙に忌々しい感情とは、その夕方まで続いた。
 そしてその晩、重夫はこんなことを云った。
「徳蔵のような奴は早くどうにかしなければとんだ迷惑を及ぼしますよ。」
「なに大変正直な奴なんだ。ただ酒をのむのがいけないんだ。」と田原さんは答えた。
「それは正直は正直でしょうが、愚かだから危険です。切端つまった場合にはどんなこと
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