が眩んじまいましてね。……相済みません。水を一杯頂きてえんですが。」
「水をくんでおいで。」と田原さんはふり返って良助に云った。
 その時徳蔵は初めて其処に田原さん一人でないことを知ったらしく、顔を挙げると、次の間の襖の影に立っている良助の姿を見出した。それから彼は眼を落して縁側に敷いてある蓆を見た。
 徳蔵は黙って蓆を畳んで片隅に押しやった。
 やがて彼は良助が持って来たコップの水をぐっと飲み干した。そして黙ってまたそのコップを差出した。良助はまたそれに一杯水を注いで来てやると、彼はそれをも一息に飲み干した。
 彼はコップを下に置くと、良助の袴姿をじろじろ見ていたが、それから田原さんの方に向いて頭を下げた。
「とんだ御厄介になりました。もう大丈夫です。」
 そう云って彼は帰りかけた。
「まあゆっくり休んでゆくがいい。」と田原さんは声をかけた。
「なに大丈夫です。相済みません。これからもう酒はきっぱり止《よ》しちまいます。全くです。……おい良助、お前もな、しっかり勉強しなよ。」
 徳蔵は逃げるようにして出て行ってしまった。
 良助は其処に立ったまま黙って父の後姿を見つめていた。
 その
前へ 次へ
全60ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング