えるかのように、彼は両肩を後ろに引いてしかと拳を握りしめた。
彼はそのままの姿勢で、また座敷の庭の方へ戻って来た。それは上半身だけが物に慴えて硬ばったようなおかしな姿だった。先刻開け放したままの戸が一枚、ぽかりと口を開いていた。彼はずっと其処にはいって行った。
六
八月のじりじりと輝りつける或る日の午後、一群の野次馬が一人の巡査と泥酔の男との後について、ぞろぞろと田原さんの家の前までやって来た。炎熱と埃と汗の匂いが、一時にその閑静な通りをざわつかした。然し誰も皆黙っていた。黙って額の汗を拭いて、また酔漢《よいどれ》の方を覗いた。酔漢は巡査に片手を取られたままのそりのそり歩いていった。黒眼が上眼瞼に引きつけて、じっと前方を睥んでいるようであった。
二人は田原さんの門の中にはいった。野次馬の一群は其処にとり残されて、やはり黙ったまま門内を覗き込んだ。そしてやがて二、三人ずつ散っていった。
巡査は玄関に立って、其処に出て来た田原さんに次のようなことを云った。
「この男が大道にいきなり坐ってしまったのです。いくら叱っても賺しても立ちません。泥酔してその上暑い日に輝らされた
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