は、しげ[#「しげ」に傍点]子や重夫の親切で幾分慰められた。しげ[#「しげ」に傍点]子はよくやさしい言葉をかけてくれた。重夫は時々菓子などをくれたり、小遣銭を与えたりした。そして月末の勘定の時、みよ[#「みよ」に傍点]子はいつも釣銭をそのままに貰っていった。そういう時みよ[#「みよ」に傍点]子は、涙ぐんだように眼を円く見開いて相手の顔をじっと仰いだ。そして黙ってお辞儀をした。
「悪に対しては常に抵抗しなければいけない、そして善は常に保護しなければいけない。」それが重夫の信条であった。そして彼にとっては、徳蔵は悪であり、みよ[#「みよ」に傍点]子は善であった。
 重夫は屡々みよ[#「みよ」に傍点]子のことを父に話した。
「この次には小遣を少しやりましょう。」と彼は話の終りによく云った。
「それがいい。」と田原さんは答えた。
 然しそんな時田原さんはいつも重夫から眼を外らして、そして苛ら苛らしたような表情を示した。
 心持ち眉根を寄せて半ば口を開いているその横顔は、或る不安なものを重夫の心に伝えた。
 重夫は心のうちで思った。「父は常に悪に対する善意の解釈のみを事としている。善そのものは父
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