な産毛がかすかに見られた。
 彼女はいつも、勝手元に牛乳を届け空壜を貰うと、兄の姿が見えはしないかと思って其処に暫く佇んだ。彼女の眼は悲しそうに円く輝いていた。そして其処で彼女は時々兄に逢った。
 みよ[#「みよ」に傍点]子の方では別に話すことも持たなかった。否恐らく種々こまかいことを持ってはいたろうけれど、そういう時には心がその方へ向いてはいなかった。良助の方も別に話すこともなかった。二人は黙ってじっと立っていることがよくあった。
 然し特にそんな時に良助は田原さんの眼を恐れていた。一度もそれについて何か云われたり尋ねられたりしたことはなかったのだが、それでも彼は田原さんの眼を恐れた。それは単なる気兼や遠慮ばかりではなかった。彼はいつも田原さんの眼が何処からかじっと自分の方を見守っているような気がした。そしてその眼が自分の心のうちにも在るような気がした。
 良助はよくふいと妹の許を立ち去った。みよ[#「みよ」に傍点]子は其処に置きざりにせられて、じっと兄の後姿を見送り、それから牛乳の壜の籠を取上げ、首垂れながら田原さんの家から出ていった。
 然しみよ[#「みよ」に傍点]子のその悲しみ
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