ますか。只今学校から帰って来て復習をすましたので……。」
「ああそうか。下りて来ないか、いい晩だよ。」
良助は云わるるままに庭下駄をつっかけて下りて来た。そしてそのまま歩き出した。田原さんの側に影のように寄り添って歩いた。二人共何とも云わなかった。
やがて良助の方から口を開いた。
「今日父がやって参りましたそうでございますが。」
「ああ。」と田原さんは一寸ふり向いた。
「何か云って居りましたでしょうか。また酒を飲んではいませんでございましたか。」
「酔っていたよ。そして人間は心のうちに火を燃さなければいけないと云っていた。」
良助はその意味を推しかねて黙っていた。
「酒を飲んで心の中の火を燃すんだと云っていた。」
良助はなお黙っていた。
「お前の父が云うのは真理だ。人間が他の動物より強くなったのは火を燃す方法を知ってからなんだ。そして他の動物より賢くなったのは心の火を燃し初めてからだ。お前はプロメシウスの神話を知っているだろう。天上から火を盗んで来た為にコーカサス山の上に縛られて禿鷹に肝臓を啄まれたというあの話だ。人間は火を燃さなければいけない、然しそのためにまた心に苦悩を覚ゆ
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