んはそう云いながら立って行って、何程かの金を紙に包んで、それを徳蔵に与えた。
「いや旦那、これは頂けませんや。」
そして徳蔵はその包みを縁側に置いた。
「なぜだ? 取っておけばいいじゃないか。」
「なぜでもいけませんや。」
「なにいくらでもないんだから取っておおき。そしてそのうちで何かみよ[#「みよ」に傍点]子に買っていってやるがいい。」
徳蔵は急に眼を輝かした。
「それじゃ頂きます。みよ[#「みよ」に傍点]は饅頭が好きだから、一つ馬鹿に大きいやつを買っていって喜ばしてやりましょう。……それじゃ旦那、大変お邪魔をしちまいました。」
徳蔵は丁寧に頭を下げた。それから勝手の方へ廻ってしげ[#「しげ」に傍点]子に挨拶をして、帰って行った。酔もさめたらしく、重い足取りをして歩いていった。
田原さんはそれから庭に水を撒き、湯にはいり、夕食の膳に向った。然し彼は内心が妙に疲れていた。それも彼自らが称して「最も悪い疲労」と云っていた所の倦怠に似た疲労だった。
田原さんは心持ち眉を顰めて、そして黙り込んで少ししか食わなかった。始終重夫が自分の方をじろじろ見ているような気がした。
食後重夫は
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