。前から私が見て居るのを知っていられたのに違いないんです。皮肉なような妙な笑顔さえ浮べていられたのです。それで私はすっかり狼狽《まごつ》いてしまって、『もう夜が明けてしまったんですね。』と変なことを云ってしまいました。するとお父さんはじっと遠くから私の眼の中を覗くようにして、『そうだ、この頃は四時頃にもう少し明るくなるんだ。お前なんかはそんなことは知らないだろう。』そう云われて、また前の皮肉なような笑顔をされるのです。それから、私が黙っているのを押っ被せるようにして、『早く支度をしないと遅くなるよ』と云われたまま、また向うを向いてしまわれました。私はその時、何だか大変悪いことをしたような気がして、何とも云えなかったのです。実際変な気がしたんです。」
「だってそれは何でもないことではありませんか。」
「ええ別に何でもないことですけれど、それでも……。」
重夫の心のうちには何か「何でもなくないこと」が在ったけれど、それが余りに漠然としているので口に出してははっきり云えなかった。
「だが変だと云えばお前さんも変ですね。」
「なぜです?」
「でも妙な考え方をするではありませんか。」
「然しお
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