ていられたよ、酒を飲めば世の中はおしまいだって。」
「酒を飲めば世の中はおしまいだと?」
「ああ、」と答えたが、良助は一寸考えた。それからまた云った。「父さんは死にたいのかね。」
「何を云うんだ箆棒な。誰が死にてえ奴があるもんか。」
「でも何だよ、酒を飲み過すのは自殺をすると同じことだそうだ。度を過すと酒は屹度人の命を縮めるそうだ。それからまた実際死ななくても、始終酒ばかり飲んで何にも出来ないようになるのは、死んだも同じだそうだ。旦那様がよく云ってくれってそう仰言っていらしたよ。父さんに酒を飲むなとは云わないが、良助とみよ[#「みよ」に傍点]とが大きくならないうちは決して死んではいけないって。」
 徳蔵は杯を下に置いて、じっと良助の顔を見つめた。
「何だ俺に死んではいけないって……。悪い洒落を云うもんじゃねえ。こんなにぴんぴんしていらあね。」
「だからよ、生きながら死ぬなって仰言ったんだ。ただそれだけ分っていればいくら酒は飲んだって構わないんだそうだ。」
「なるほど旦那はうまいことを云うもんだ。」
 徳蔵はそう云ったが、一寸小首を傾げて、それからまた杯を手にした。
 良助は云うだけのこ
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