とを云ったという風ですぐに立ち上った。
「何だもう行くのか。」
「学校が遅くなるから。」
「そうか。まあしっかり勉強するがいい。」そう云って徳蔵は一寸下唇を舌で嘗めて、じっと良助の方を見やった。
みよ[#「みよ」に傍点]子が門口まで良助を送って出た。
「兄さんまたお出でよ。」
「ああまた来るがね、父さんはいつもやかましいのかい。」
「いえそうでもないけれど……。」そして彼女はそのまま俯向いてしまった。
「僕は学校が遅くなるから、それでは行くよ。今度はゆっくり来ようね。」
みよ[#「みよ」に傍点]子は黙って首肯いた。そして良助の後姿を見えなくなるまで見送っていた。
外はまだ薄明るかったが、物の輪廓がぼんやりと暮れかかって、瓦斯の灯が仄白くともっていた。良助は何か考えに沈んだように地面に視線を落したまま足を早めた。夜学の初まる七時はもう少し過ぎていた。
彼の心は淋しい不安なものに囚われていた。未来が余りに漠然としていた。現在のうちに余りに心苦しいものが在った。ただ田原さんが居る以上は何にも心配するものはなかった。然しそのことが、彼に漠然とした不安と心苦しさと物足りなさとを与えた。彼
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