。妹のみよ[#「みよ」に傍点]子はもう食事を終えてその側に青い顔をしてじっと坐っていた。二人共執拗に黙り込んでいた。また何かが起ったのに違いなかった。恐らく父は酒の無いのを幼いみよ[#「みよ」に傍点]子に怒鳴りつけたのであろう。そして酒に酔っていない彼は、自分と自分の言葉に不快になって、黙り込んでしまったのであろう。
 良助は思い切って家の中にはいった。
「おや兄さんが……。」そうみよ[#「みよ」に傍点]子は大きい声を出してすぐに立って来た。
「なに良助か。」
 徳蔵はそう云って腰を立てようとしたが、またどかりと坐り込んでしまった。そして急に睥めるような眼附をしながら云った。
「上れよ。」
 其処に学校の包みを置いてきちんと膝を折った良助の姿を、徳蔵はじろじろ見やった。
「どうしたんだ。」と彼はまた云った。良助が来たことは彼には全く意外であったらしい。
 良助は黙って懐から金の封筒を取り出して父の前に置いた。
「旦那様からこれを父《とう》さんにやってくれと云われたから、学校の途中に一寸寄ったんだよ。」
 徳蔵は封筒を取り上げて中を披いてみた。中には一円紙幣が五枚はいっていた。彼はそれを
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