てごらんなさい。私は見て来たわけじゃないが、たいてい想像はつく。食えないようなつまらない物ばかりに違いない。投網にしたって、昔は村に幾つもあったが、今では二つしかない。その一つが私んところのだ。」
 私は頬笑んだ。彼の説はだいたい首肯されるが、結局は投網の自慢になってしまった。実際みごとな投網で、網目一つ破けておらず、柿渋も充分に利いていて、鉛の錘もずっしりとしている。
 その投網で捕った川魚類もまた、うまかった。焼き干しにしたのの甘煮なら知っているが、生のままの甘煮は初めてだった。清流とそっくりの新鮮さで、それぞれのほのかな風味があり、少し生ぐさすぎるも、濃い濁酒にはよく合う。濁酒に二種あって、麹の交ったのは冷やで飲み、布で漉したのは温めて飲むのである。
 酔眼のせいかそれとも何か実物か、彼方に美しい光りが見えてきた。
 高台のはじに建ってるこの隠居所の縁側からは、昼間なら、平野が一目に見渡せる。稲田、堤防、村落、そして右手に山が連る。夜のことで、燈火がほのかにさしてる庭の植込から先は、ただ闇の空間だった。その空間の彼方、恐らく堤防のあたりと覚しいところに、二つ、三つ、四つ、ぽつと光
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