りが浮き出してきたのである。次第に殖える。十ばかりもあろうか。少しずつ動いてるようだ。私も宗吉も、いつしか口を噤んで、その方を眺めていた。
 もう太鼓の音も聞えず、夜は更けてるらしかった。だがお祭りはまだ盛りであろうか、それとないどよめきが空中に感ぜられたし、奥さんも宗太郎も帰って来ず、崖の下にも人の足音はしなかった。そしてただ、闇の空間を距てた彼方、河の堤防のあたりに、ちらちらと光りが明滅してるのである。
「何でしょうね。」宗吉が黙ってるので、私はふと呟いた。
「狐火かな。」
 宗吉はまだ瞳をこらしていた。それから、私の呟きに対してならおかしなほど間を置いて言った。
「今時、狐火がある筈はないし……だが、あすこは、いけないな。」
 その独語を、思い直したように、彼は酒杯を取り上げた。
「あすこって、あの杉の沼ですか。」
「まああの辺だろう。」
 私も酒をあおった。燗を熱くした。
 私はその杉の沼を知っていた。昔そこに巨大な杉の木が一本あったので、そう呼ばれてるのであるが、今は、四本の小さな杉が、大きな岩の四方に植えられている。岩はただの自然石で、昔はその上に小さな祠があった由。堤防の
前へ 次へ
全18ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング