く他事の煩いなく専心勉強が出来て而も安価に滞在出来る所はあるまいかと虫のいいことを兄に相談すると、兄はすぐ宗吉の家の隠居所を勧めてくれた。隠居所に建てた室だが、その隠居が亡くなって空いており、見晴しもよく、閑静で、而も東京に近く、田舎の食物さえ辛棒すれば理想的な所だと言うのである。全くの田舎だが、来てみるとなるほど仕事がよく出来た。宗吉もめったに私の邪魔をしないようにしているらしい。あと一週間ぐらいで私は東京に帰るつもりだった。
「へえー、あと一週間ね……。」なにか心残りらしい面持ちなのだ。
「また御厄介になりに来ますよ。」
「そいつが、当にならん。兄さんもそう言ったが、あれっきりだ。然し、田舎はつまらんでしょう。」
「東京もつまりませんよ。時々出ていらっしゃるから、お分りでしょうが、何もかも薄っぺらになっちゃいましてね……。」
「はは、そりゃあそうだ。」
鍋の鶏肉はもう煮えたっているし、野菜の煮附は大丼に盛ってあるし、先刻の川魚は甘煮にして大皿に並べてあった。そして手製のドブロクが何よりも上味だった。
「つまり、大戦のおかげで、東京と近在の田舎とが、いろんな点で平均してきたわけだな
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