ない。龕燈の光りも、僅かな範囲にしか届かない。だが、そうした物陰もこの辺には少く、河原や水面は清く爽かに拡がっている。
「今晩は不漁だな。」宗吉は呟いて、網をじゃぶじゃぶ洗った。
 まったく、その晩は獲物が少なかった。型も小さかった。だいぶ上まで溯ったが、いくらも捕れなかった。それでも、食膳に野趣を添えるには充分だ。魚籠の底には、鮮鱗が青白く光っている。
 堤防に上り、田圃道をぬけて、家へ戻る。どういうわけか、この投網の夜打ち、往きも帰りも無言がちだ。村中も通らない。身も心もすっかり、大自然の夜気に浸しきった気持ちである。
 ドンドコ、ドンドコ、ドーン、ドーン……太鼓の音がまだ聞えていた。
 魚の料理は下女に任せて、私たちは顔や手足を洗った。宗太郎は着物を換えて八幡様へ出かけて行った。母が酒肴をさげてそちらへ行ってるのである。私は宗吉と差し向い、隠居所の室で酒をくみ交した。

 宗吉は私より年上で、長兄の友人なのだ。ふだんは私に丁寧な言葉遣いをし、酒がはいるとぞんざいな口を利く。
「どうです、仕事は捗取りますか。」
 なんども同じことを聞かれた。研究所の調査と整理の急な仕事があって、暫
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