。あの底深い泥川の、藻草の間に、仰向けになって、足先はだらりと水中に垂れ、両腕は捩れたように痙攣し、胸と腹は水ぶくれにふくらみ、縞柄も分らぬほど汚れた衣服が肌にからみつき、口を開き眼も半眼に開いてる顔には、鏝で縮らした毛髪が乱れ被さっている。ただ醜悪な一塊の肉体に過ぎない。
だが、その醜悪な肉体が、やがてどこかへ運び去られると、その跡に黒い影が立ち上ってくる。淫祀とも言える祠が乗っかってる大きな岩、側に聳え立ってる杉の古木、その全体の背景にまで影は伸び上る。伸び上り拡がり分散して、籔や灌木の陰に潜み込む。潜み込んでじっと何かを窺っている。それは忌わしい死の影だ。
その忌わしい死の影が、あの杉の沼のほとりの闇の中を、うろつき廻っているのである。あの辺の堤防の向うの河原を、私たちは投網の夜打ちに通った。あの頃には、お祭りの太鼓の音がしていた。彼女はまだ生きてたのだろうか、もう死んでたのだろうか。いや、彼女の小さな柳甲李が、今でもそこの押入の隅に転がっている……。
夢とも幻ともつかないものから覚めて、私はその柳甲李を憎んだ。うとうとしては何度も眼を覚まし、柳甲李をしんから憎んだ。
然
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