しゃくしゃな顔をしていた。
 彼はどっかと胡坐をかいた。
「茂助が自転車をかりに来たんだが……やはり杉の沼だ。」
 杉の沼で、三好屋の花子が溺れ死んでいたのである。鰻の夜釣りに行った平作がそれを見つけた。平作は他の部落の者だが、花子を見知っていた。藻の間に仰向きに浮いて、縮れ毛が顔にかかっていたが、花子だと分った。三好屋に馳けつけて知らせた。八幡様からぬけ出して三好屋で飲んでいる男たちがいて、すぐに助けに出たが、とても駄目だろうとのことだ。
「やはり、狐火なんか、今時は無い。」
 宗吉は怒ったように断言した。
 間もなく、宗太郎と母がお祭りから帰って来た。下男も帰って来た。みな、花子のことをもう知っていた。然し、事情は分らず、自殺か他殺かも分らなかった。
 私と宗吉は、なお遅くまで酒を飲み続けたが、私は遂に、花子から預かってる甲李のことを打ち明けた。宗吉は甲李を一見しようともせず、両腕を組んで考えこみ、それから言った。
「それは、困ったことだ。まあ、私に任せておきなさい。様子を見てからにしましょう。」

 花子の姿が私の眼に見えてきた。生きてた時のそれではない。杉の沼に浮かんでる死体だ
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