り》をいくつも並べ、ろうそくを何本もともして、天狗が来るのを待ち受けました。
 しばらくたちますと、例の不思議なことが起こりました。雨戸《あまど》もすっかり閉め切ってあるのに、家の中に強い風が起こって、ろうそくの火が皆一度に消えて、まっ暗となりました。爺《じい》さんはそれを待ち構《かま》えていたのです。すぐに大きな声で言いました。
「天狗《てんぐ》さん、いよいよ来ましたね。私はあなたが好きで、この通りごちそうして待っていましたよ。どうかさらって行かないで、ここで食べていってくれませんか。私はあなたが大好きだから、一緒に一杯やりたいと思って、酒まで買っておきましたよ」
「本当か?」とだしぬけに、どら声が闇の中から響きました。
「本当ですとも、本当ですとも」と爺さんは大喜びをして答え返しました。「私は決してあなたに悪いことをしようなどと、そんな考えを持ってやしませんよ。私はあなたみたいな人が好きですよ。大変なごちそうをこしらえてお待ちしてたんです。一緒に飲んだり食ったり歌ったりしましょうよ。まあお待ちなさい。私はまっ暗な中では眼が見えませんから今ろうそくをつけます」
 爺さんは急いでろうそくに火をつけました。そしてひょいと見ると、まごうかたなき大天狗が眼の前に立ってるではありませんか。頭に兜巾《ときん》をかぶり、緋《ひ》の衣《ころも》をつけ、手に羽うちわを持って、白い髯《ひげ》の生えかぶさった赤い顔に、高い鼻をうごめかし、金色の眼を光らして、にこにこ笑っているのです。爺さんはその威光《いこう》に打たれて、平伏《へいふく》してしまいました。
「お前は感心な奴だ」と大天狗は言いました。「酒までたくさんそろええて[#「そろええて」はママ]くれた志《こころざし》に免《めん》じて、今晩はお前の家で酒盛《さかも》りをするとしよう」
 その言葉を聞いて、爺さんは元気づいてきました。そしてこの猩々爺《しょうじょうじい》さんと大天狗とは、夜通し酒盛りをすることになりました。
 爺《じい》さんは猩々《しょうじょう》とあだ名されてるくらいの酒のみですし、天狗《てんぐ》はまた名高い酒好きなものですから、ちょうどいい相手でした。けれどそのうちに、二人とも酔っぱらってきました。天狗を酔いつぶさせるために爺さんが苦心してこしらえた料理ですから、豚肉の串焼《くしやき》の中にも、雉《きじ》の肝《きも》の
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