、少しずついろんなことがわかってきました。大きな羽うちわを見たという者が出てきました。赤い高い鼻を見たという者が出てきました。緋《ひ》の衣《ころも》を見たという者が出てきました。何か人間の形をした大きなものが暗い空をふわりふわり飛んでいた、という者が出てきました。
「天狗《てんぐ》だ!」と誰かが言い出しました。
なるほど、いろんなことを考え合わせると天狗に違いありません。きっと貪欲《どんよく》な天狗がやって来て、羽うちわであかりをあおぎ消して、人のこしらえたごちそうをさらって行ってるに違いありません。村の人達は天狗だときめてしまいました。
ところで、いくら天狗だからといって、そのまま放っておくわけにはゆきません。村の人達はいろいろ相談して、その天狗を捕《つか》まえようとしました。
が、なかなかそうはまいりませんでした。戸の隙間《すきま》からでもはいり込んできて、音も立てずにごちそうをさらってゆくほどの天狗《てんぐ》ですもの、自由自在の術を知っていて、人間の手に捕《つか》まるものではありません。村の人達は、網を張ったり、罠《わな》をこしらえたり、棒を持って待ち構《かま》えたり、いろんなことをしましたが、何の役にも立たないで、毎晩どの家かでごちそうをさらわれてばかりいました。
二
ところがこの村に、たった一人のなまけ者がいました。ひとり者の爺《じい》さんで、お金があれば酒ばかり飲んでいて、貧乏なくせにいつものらくらして遊んでいました。大変酒好きなので、猩々《しょうじょう》というあだ名をつけられて、あまり人から相手にされませんでした。
この猩々爺《しょうじょうじい》さんが、天狗のことを聞いて、どうか自分が引っ捕《とら》えて皆をあっと言わしてやりたいものだと、酔っぱらいながら頭を振り振り考えていますと、酒が手伝ったせいか、素敵《すてき》なことを考えつきました。そしてはたと額《ひたい》を叩きました。
「しめたぞ! もう天狗は俺のものだ」
爺さんは懇意《こんい》な家へ行って、お金をたくさんもらってきました。肉や鳥や酒を、うんと買い込んできました。酒はことに強いのを選びました。そしてひる頃から夕方まで骨折《ほねお》って、それは実に見事なお料理をこしらえました。夕方|薄暗《うすぐら》くなると、大きなお膳《ぜん》の上へごちそうを飾り立て、強い酒の徳利《とく
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