前も歩きにくかろうし、寒くもあろうが、まあ辛抱《しんぼう》しなよ。そのかわり、家へ戻ったらうんとごちそうしてやるからな」
馬はその言葉がわかったように、ひひんと一声高くいなないて、しゃんしゃんぱかぱかと、鈴の音《ね》も蹄《ひずめ》の音も勇しく、足を早めに歩き出しました。
そうして、人通りの絶えたたそがれの街道《かいどう》を、とある崖《がけ》の下までやって来た時のことです。崖の裾《すそ》のくさむらの中から、うっすらと積もってる雪の上に、猫くらいの大きさのまっ黒なものが、いきなり飛び出して来て、甚兵衛の前に両手をついて、ぴょこぴょこおじぎをするじゃありませんか。
「馬方《うまかた》の甚兵衛さん、お願いですから、助けて下さい」
初めびっくりした甚兵衛は、話しかけられたのでなおびっくりして、立ち止まってよく見ますと、人間とも猿《さる》ともつかない顔付《かおつき》をし、体のわりには妙にひょろ長い手足の先に、山羊《やぎ》のような蹄《ひずめ》が生えていて、まっ黒な一重《ひとえ》の短い胴着《どうぎ》の裾《すそ》から、小さな尻尾《しっぽ》がのぞいていました。
「おやあ、変な奴だな」と甚兵衛《じんべ
前へ
次へ
全14ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング