ましく、ひひんといなないて太い尾《お》を打ち振りながら、ぱっかぱっかと街道を進む姿は、見るも勇ましいものでした。多くの馬方の馬のうちでも、一番立派なこの自分の黒馬を、甚兵衛は大層《たいそう》可愛《かわい》がって大事にしていました。
冬のある晴れた日に、甚兵衛はいつもの通り、材木を荷馬車に積み黒馬にひかして、町へ出かけて行きました。お昼頃町へ着いて、材木を問屋《といや》の庭に下し、弁当を食べ馬にもかいばをやり、それから家へ帰りかけました。ところが、空がいつしか曇ってきて、寒い北風まで加わって、雪がちらちら降り出しました。甚兵衛《じんべえ》は馬を雪にあてないように、途中《とちゅう》の立場茶屋《たてばちゃや》に二三時間休みますと、幸いにも雪が止みましたので、これならば泊まってゆくにも及ばないと思って、急いで家に帰りかけました。けれど二三時間休んだために、短い冬の日はもう暮れかけて、おまけに曇り日なものですから、途中で薄暗《うすぐら》くなってしまいました。
「これは困った」と甚兵衛はひとりごとを言いながら、振り向いて馬の首筋を平手《ひらて》で撫《な》でてやりました。「こう薄暗くなっちゃあ、お
前へ
次へ
全14ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング