から、宿を貸してあげよう。そのかわりに約束を守って、二月の末までだぞ」と甚兵衛《じんべえ》は言いました。
悪魔《あくま》の子は大層《たいそう》喜びました。甚兵衛が馬の口を開けてやると、いきなりぴょんと飛び込んで、腹の中にはいってしまいました。それを見て甚兵衛は、あはははと声高《こわだか》に笑い出しました。
ところが驚いたことには、甚兵衛が馬に一鞭《ひとむち》あてて帰りかけると、その馬の足の早いこと、まるで宙を飛ぶように進んで行きます。甚兵衛はとても追っつかないので、馬車《ばしゃ》の上に飛び乗りますと、黒馬はひひんと高くいなないて、またたくまに家まで駆け戻りました。
二
その翌日から大変です。悪魔の子が言った通りに、甚兵衛の黒馬は十倍の力になって、材木を山のように積んだ荷車を、坂道も何も構いなく、がらがらと駆け通しにひいて行きます。町まで五里の道を往復するのに、今まで一日かかっていましたのに、その日からはいくらたくさん材木を積んでも、三度ぐらいは平気で往復するようになりました。甚兵衛は歩いてはとても追っつけませんので、往《い》きも帰りも車の上に座り通しでした。これは素敵《すてき》なことになったと、甚兵衛はひどく喜んで、上等のかいばや麦や米や豆などを、毎日馬にごちそうしてやりました。馬の黒い毛並みはなおつやつやとしてきて、以前にも増して立派になりました。
さあそうなると、村でも町でも大評判です。甚兵衛の馬が山のように材木を積んだ荷車をひいて、山坂を自由自在に駆け通して、五里の道を日に三度も往復するのを、皆眼を丸くして眺めました。中には甚兵衛《じんべえ》に向かって、どうして馬がそう強くなったかとか、いくらでも金を出すから馬を売ってくれないかとか、いろんなことを言い出す者もありましたが、甚兵衛はただ笑って取り合いませんでした。
「天下一《てんかいち》の黒馬だ。はいどうどう……」と甚兵衛は得意げに馬の手綱《たずな》をさばきました。
そして元来なまけ者ののんきな甚兵衛も、馬を走らせるのがおもしろくなって、毎日材木を運びましたので、大変お金をもうけました。雪がひどく降る日なんかは、さすがに休もうと思いましたが、馬の方で休むことを承知しません。朝早くから馬小屋の中で跳ね上がったりいなないたりして、どんな天気の悪い日にも勇しく出かけて行きました。
ところが
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