変に私の頭の中に刻みこまれた。後ろから見ると、布天神髷《きれてんじんまげ》の赤い鹿子絞《かのこしぼり》と、翼のように耳の上にかき上げられてる両の鬢と、白い頸筋とだけだが、一寸位置を変えると、深々と澄んでる鏡の面に、彼女の顔がくっきり浮出してるのが見えた。軽い斜視の両の黒目が近寄って、二重眼瞼の方へ上目にじっと見据えられてるきりで、額からなだらかな線の頬や※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]へかけて、一つの筋も皺もないただ真白な顔が、能面のようにして空《くう》に懸っている。その面《めん》が、私の眼を鏡の底に見出すと、ふいに、だが如何にも自然に、淋しい笑みを頬に浮べる……。そして見返った時にはもう、生々と血が通ってる顔だった。
「おかしいわ。あたしなんだか極りが悪くなっちゃって……。飲みましょうか。」
私はまた、此度は彼女と交る代るに、杯を取上げた。彼女は多くは飲めなかった。
私の心は落付かなかった。
「馴染のお客さんが来たら、いつでも帰るから、そう云ってくれ。」
私はそんなことを繰返し云った。
「僕はただ君とこうして酒を飲んでおればそれでいいんだ。それだけだ。だが、君の方は、
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