なら、或は多少の学術的研究心を以て、図書館の仕事が出来たなら……と私は幾度思ったか知れない。然し、下《した》っ端《ぱ》の図書館員の仕事はいつも機械的であり、あてがわれるままを甘受する飜訳はいつも機械的であった。それも生活のためだ。だがそのために、生活そのものまで、いつしか機械的になって、やがては油が切れようとしている。――窓から床までの光の角※[#「土へん+壽」、第3水準1−15−67]を、私は珍らしく眼を輝かして眺めた。
 汚水の淀んでる掘割と寂しい工場とは、図書館の中の佗びしい空気を私に思わした。そしてそこの河岸縁《かしぶち》で眼前に描き出す彼女の姿は、図書館の中に落ちてる光の角※[#「土へん+壽」、第3水準1−15−67]だった。ただ、太陽の光のではなく、一種の燐光の……。
 先輩の好意で或る市立大学に英語教師の職を得て、図書館員をやめることが出来た時、私は生れ変ったように喜んだ。一週に四日、それも自分の受持時間だけ出勤して、月給百五十円余、国許の少しの畑地を管理してる伯父から送ってくる毎月の五十円、それだけで生活は安心だ。これから自由に勉強しよう。自由な飜訳もしよう。物も書こう
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