き》ちらと見たところでは、顔は濃い白粉《おしろい》を脂で拭きとったらしくつるりとしていた。それと並んでがっしりした高い男の姿が、妙に不似合だった。駒下駄を一足一足ふみしめてる歩きっぷりが、身体から酔がさめて頭にまだ酔が残ってる中途半端なものだった。
 夜、新らしい広い道、大川端、水にうつってる向う岸の明るい灯、銘酒屋のらしい女、雀の巣の片岡さん……その全体がどうもしっくりいかないで、俺の注意を惹いた。
 俺は遠くから、電燈の柱の影にかくれて、なお二人の様子を窺った。
 二人は何か時々短い言葉を交しながら、肩を並べて、ごくゆっくり歩いていた。どこかへ行く風でもなく、また散歩ともつかなかった。そして遠く、もう歩いてもいないほどに見えた時、男と女との間が離れた。女は土手の端の川縁に立止った。それを男は後ろから見やってるらしかった。そして……一分……二分……男はじりじりと女の方へ近寄っていった。
 俺ははっとした。男は手をマントの下から出して、女の背中の方へ……。一突で女は川の中に落ちる……。ではなかった。男の手が女の肩にかかると、二人はぴったりくっついて一つの影となった。女が身を投げるんでも
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