されることはどうでもいいが、恋することが大事だ。そこから生活の張りが出てくる。――魂ぬきの肉体だけを売って生活してる女がいる。それが一番悲惨な生活だ。――物に拘泥するのはいけないが、何物にも拘泥しないのはなおいけない。――具象から抽象になってゆくこともあるが、本当に物を感ずる時には、抽象から具象になってゆくものだ。――室の中にいて女を思うのは一種の情慾だが、外を歩いていてもその女のことを思うようになった時には、本当の愛だ。――環境の中に個体を見ることも必要だが、環境を離れて個体を見ることはなお必要だ。――其他いろんなことを俺は聞きかじった。ショペンハウエルとかベルグソンとかトルストイとかいう名前も出て来た。それに対してジプさんはただ、時々冗談まじりの弱々しい応酬をしてるきりだった。そんな道徳の教科書みたいな言葉に、ジプさんがどうしてそう凹まされてるか、俺にははがゆくもあったり可笑《おか》しくもあった。
けれど、雀の巣の様子も変だった。浅黒い顔を輝かし、眼を光らして、強い調子で饒舌っていたが、その底に何だか、今にも泣き出しそうなものが見えていた。心の落付を失って※[#「足へん+宛」、第
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