に無口の方だったが、時々とってつけたように、上手な皮肉や洒落《しゃれ》を云った。声に出しては唄一つ歌わなかったが、よく口の中で何かの節《ふし》を歌っていた。顔色は悪いが、案外しんが丈夫らしかった。いつも酒を飲んだが、本当に酔うことはなさそうだった。あたしを相手にしてるが、別なことを見守ってるようだった。そしてただ、その辺の空気を吸いに来てるような調子だった。あたしには息苦しい空気だったが、その空気を吸わないではおられないといったように、しきりに通《かよ》ってきた。これから暫く来ないよと云って帰りながら、またすぐにやって来た。そしてあたしも、あの人の空気を吸わないではおられなかった。あの人の側にいると、自由でのんびりして、心の中が明るくなった。あの人が暫く姿を見せないと、あたしは暗いところへだんだん落ちこんでゆくような気がした。あの人と別れぎわには、あたしは泣くことを覚えた。
「女は泣く時には本当のことは云わない。男は涙を流す時には決して嘘をつかないが、女はあべこべだ。女が本当のことを云うのは、怒った時だけだ。」
そんなことをあの人は云った。そして自分で涙ぐんでいた。
お店で、側につ
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