こに寝ていて、身体半分がぞっと寒かった。向き直って、手さぐりに寄っていくと……違っていた。あたしはあの人の夢をみてたようでもあった。そのあの人と、手触りがまるで違っていた。――あの人はいつも酒を飲むだけで、あそんではいなかった。何かの調子であたしがそこまでもっていくことの出来た四度か五度、それくらいのものだった。あの人はそんなことに興味がないらしかった。あたしは極り悪い思いをしたことがあった。だけどそんな風なので却って、あの人の感じはあたしの気持にはっきり残っていた。――それが、まるで違っていた。あたしははっきり眼をさました。歯がずきんずきん痛んでいた。
あたしはそっと起き上った。着物をひっかけて、そこに坐りこんで、朝日を一本吸った。男はよく眠ってるようだった。あたしはいつのまにか、煙草の方を忘れて、歯の痛みの方を見つめていた。あの人のことを考えていた。それがどっちだかよく分らなかった。気がむしゃくしゃしてきた。やたらに癪にさわった。布団の襟から覗いてる男の頭が、鉄の丸《たま》のように見えた。
あたしは痛い歯を、下の糸切歯の次の歯を、やたらにゆすってやった。鏡台の方ににじりよって、
前へ
次へ
全38ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング