淋しい……言葉が足りないのか、或はそれだけの気持なのか、私には分りませんでした。そして私が長唄の稽古をすすめると、すぐにその通りにしました。小女が引続いていてくれました。煙草と化粧品ですから、正札づきで、たまに客があっても不自由しません。そしてトキエは、髪結の上に長唄と、外出することが多くなり、なお、私がしきりに、映画や芝居や、銀座あたりにまでも連れ出しました。彼女は次第に浮々と晴れやかになってきました。だが……私の方は、次第に沈んできました。彼女を連れ出すことが多いよりもなお一層、酒をのむことが多くなりました。のんきな晴々とした彼女の側に、引張り廻されるようにして、憂欝な様子でくっついてる私の姿が、幾人もの知人の目に止ったものです。
 そしてずるずる日がたって、半年ばかりすると、彼女はまた、身体の異状を訴えました。やはり妊娠でした。
「やっぱり、そうですって……。」
 おしろいの濃い頬に赤みがさして、例の妖しい眼付でにっこり笑っています……。
 私は驚嘆に似た気持で、その事実を受け容れました。一度悲痛の底をくぐってきた後の、胎の据った驚嘆とでも云いましょうか。然し、私は悲痛なんか感じ
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