ませんでした。不在中は、丁度いい機会だといって、小野君が泊りに来てくれました。
トキエの帰郷は十日ばかりの予定でしたが、どうしたのか、五日ほどで帰ってきました。旅の疲れもなく、前よりは、晴れやかに色艶もよくなってるようでした。名物だという堅いおこしなんかを持ってきました。
「つまんなかったわ。お母さんもすっかり年とってしまって……あたしも、なんだかよそよそしい気持がして……。」
私達二人のこと、子供のことなどは、何とも云いません。
「そんなこと、分ってるじゃないの。」
前に、芸者に出ていた時と、同じような笑い方です。
私は、とっつき場を失ったような気持でした。そしてぽつりと、亡くなったミヨ子のことが、宙に浮いて、頭にひっかかってきました。引越しの相談をすると、例の通り、ええいいわ……なんです。周旋屋にたのんで、少し遠くに煙草化粧品の小さな店を――前のところより少し静かな小綺麗な街路で――見付けて、そこに移り、前の家には、周旋屋の手で、譲店の大きな紙がはられました。
「また芸者にでも出たくはない?」
「そうね……でも、あたしたち、これきりになるの、なんだか淋しいわ。」
なんだか
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