夕方、医者がまた来まして、危険な状態とのことでした。私は万一を慮って、小野君に速達便を出し、手筈をきめておいて、家にかけ戻り、小野君が伊豆の方に絵を書きに行くからついて行くことにした……二三日、という風にとりつくろいました。なさけない半ば捨鉢な気持が動いていました。
夜半に、子供は乳を求めだしました。一口二口吸っては、またぐったり眠り、暫くするとまた乳を求めます。そういうことが、二時間ばかり繰返されて、あとはもう死のように静かな眠りとなりました。私は始終氷をかきに立ち働きました。トキエは子供の側に、膝をくずして坐っていました……乳をやるために、そしてその顔を見守るために。全く、それだけが彼女の仕事のようでした。その泰然とした、そして滑かな美しい肉体のなかに、どういう考えがあるか、私は探ろうとしましたが、何にも掴めませんでした。彼女は時々、心持ち眉をひそめた眼付を私の方に向けましたが、私達は別に話すべきものも持っていませんでした。時折、表を自動車が通って、その響きが室に伝わる度に、私は子供の寝息をうかがい、そして何ということなしに立上ったりしました。窓からすかしてみると、深い霧の夜で
前へ
次へ
全28ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング