ぴんさして、訳の分らない声を立てました。私はそれを抱きとって、天井の低い二階の室の中を、あきずに歩き廻ったりしました。トキエは、私のそうした変化を訝りもせず、凡てを落付いた笑顔で受け容れていました。
 そしてるうち、或る晩、小野君に出逢うと、少し酒の勢をかりてから彼は、それでも云いにくそうに、も一つ頼みがあるんだがと、躊躇しいしい云うんです。
「どうも……赤ん坊はまだ、僕の力ではだめだ……お母さんに抱かれてるところなら、何とかなりそうだが……奥さんに聞いて貰えないかしら。」
 私は長い間黙っていました。奥さんという言葉の変な響きなどは、すぐに消えてしまったほど、他のことに気を奪われてるのでした。
「そりゃあ、聞くまでもなく、いいというにきまってるが……。」
 ええ、いいわ……そういう彼女の調子までが、はっきり私の耳に聞えていました。
「例えば……かりに、君が一寸彼女に云い寄ったとしても、屹度、ええいいわ……と云うにちがいない……。」
 小野君は呆気にとられて、それから、次には嫌悪の表情を浮べました。
「ばか……そんな……。」
 全く、そんなことでは、実はなかったのです。もう別れようか、
前へ 次へ
全28ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング