たことはないのです。ミヨ子の死とは遊離した別個のものでした。其他のことは何が悲痛なもんですか、驚嘆なもんですか。尤も、妊娠を避けるような方法も取ってはいましたが、のんきな彼女とよく酔払ってる私とのことで、そしてまた至極あっさりしたもので、考えてみればばかげた話です。それでも……悲痛をくぐった後の驚嘆と……まあそういったこの感情は、実際不思議なものでした。
 ――一体、どうするつもりかしら?
 その疑問は、もう今となっては彼女には歯も立ちそうにありません。ただ、私自身にはね返ってくるばかりです。いや初めからそれは、私自身に向って発せられるべきものだったかも知れません。
 相変らず彼女は、店の方は……元来が申し訳だけのものではありましたが……投げやりで、朝は遅く、夜も遅く、始終お化粧をしていてにこやかで、以前よりは肌も細やかになり、黒目のうわずった眼付で愛嬌をおび、のんきに髪結や長唄の稽古に出かけ、私がいかに酔払って夜遅くやって来ようと、やきもちらしい言葉一つ出さず、誘えばどこへでもすぐについて来、自分の意見なんか少しもないらしく、慾求さえもないらしく、そして再び、毛糸の球なんか膝のあたりにころがして……妊娠さえも彼女にとっては「ええいいわ」の一つの現われに過ぎなかったようです。芸妓廃業、世帯、出産、子供の死亡、移転、妊娠……そうした、私から考えれば彼女にとっての重大事らしい事柄も、一切を平気で受け容れ通りすぎてるのでした。そしていつも、若々しくにこやかにしていました。
 驚嘆から、次には、負けた……その一言でつくせる気持です。もし自然というものがあるなら、彼女はそのいい見本でしょう。こんな時、ふっと、死にたくなる気持の起ることが、ないものでしょうか。私がもし一言云い出せば、彼女は即座に、ええいいわ、と云うにきまっています。そしたらもう、取返しのつかないことになりそうです……。
 私は次第に憂欝になって、酒をのむことが益々多くなりました。友人たちの軽蔑の眼を……気のせいか……感ずることが多く、それよりも、小野君の怒ったような眼付が、更に私の胸を刺し[#「刺し」は底本では「剌し」]ました。
「この頃はどうだい?」
 そう何気なく尋ねられても、私は苦笑を返すだけでした。そしていつぞや彼と喧嘩腰で云いあった時の言葉などが、ちらちら頭の底に浮んできました。そうだ……。私はいろい
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