頃まで雨戸がしまっている。
不思議な人があるもんだ……と私は考えた。だけならいいけれど、夜更けの室の中をいつまでも歩き続けてることが、妙に私の気にかかり初めた。私は度々夜中に眼を覚すようになった。眼を覚すと縁側の戸を開けて、向うを覗かずにはいられない。覗いてみて、向うの窓の戸が閉ってるか、人影が見えないかすると、私はほっと安心する。けれど、大抵はやはり、檻の中の虎みたいなその人の姿が見える。顔付は分らないけれど、髪をくしゃくしゃに乱して腕を組んだり頭を振ったりしているところを見ると、多分眉根に深い八の字を寄せて、怒った恐ろしい顔をしてるに違いない。そしていつまでもいつまでもぐるぐる歩き廻っている。……。
それがだんだん私の気にかかって来て、私は夜もよく眠れないようになった。そしていつしか神経衰弱になりかかった。気分が始終苛立って、そのくせ、すぐに涙が出たり大声に笑いたくなったりする。
そして或る夜、私はもう我慢が出来なくなって、父の書斎からピストルを盗み出してきた。縁側の雨戸を開いて見ると、やはり向うの窓の中に、あの人がぐるぐる歩き廻っている。私はそれに向ってピストルを狙った。が
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