ていた。すると青年は、室の中をぐるぐる、いつまでも同じように歩き続けている。いつまでも、いつまでも、歩き続けている。
とうとう自分の方が根気負けがして、そっと戸を閉めて床にはった。けれども、眼が冴えて眠れなかった。あの人は何をしてるんだろう……と、そんなことが頭に絡みついて、夢現の中にまで考えられた。
それから長くたってから、私はまた起き上って、雨戸を開けて覗いてみた。すると向うの窓の中の人は、まだ同じように室の中をぐるぐる歩き廻っていた。いつまで見ていてもきりがない。で私はまた寝てしまった。
そんなことがあってから、私は向うの二階の人に、それとなく注意を配った。二十二三歳の、髪の長い、顔の蒼白い、痩せた神経質な人で、学校に行ってるのでもなく、昼間は大抵室の中に寝転んでるらしく、夕方になってどこへか出かけてゆく。そしていつ帰るともなく、恐らくは夜遅くだろうが帰ってきて、それから、机に向って勉強をしている。そして夜の一時二時頃になると、大抵いつも、檻の中の虎みたいに、室の中をぐるぐる歩き続ける。一時間も二時間も、恐らくは夜明け頃まで、同じようにぐるぐる歩き続けている。そして朝は十時
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